2003年10月

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2000年9月全島避難で住み慣れた三宅島を後にし3年がたちました。一昨年の春、単身八丈島に移りユリ栽培を再開しています。仕事の様子や身の回りの出来事、風景などを書いています。
3月に「火山ガス検討委員会」の最終答申が出されました。火山ガスの健康へのリスクも踏まえて、今後の帰島時期、方法、対策について行政と島民がコミュニケーションを深め、戻れる人から段階的に帰島できるような道が開かれればと期待します。

9月21−22日、八丈島を襲った台風15号は八丈島観測史上3番目の瞬間最大風速59.5メートル(測候所での数字で、強く吹いた所ではさらに強い風だったと思われます)を記録し住宅、農業施設などに甚大な被害をもたらしました。15号台風情報参照。

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10月30日
今年社会人になった長女が、仕事休みを利用して八丈島に手伝い兼遊びに来た。今日は天気も良かったので、15号台風で破れたビニールの張替えを手伝ってもらった。娘は中学卒業後東京の高校に行ったので、思えば三宅にいた頃は一緒に農作業をやった記憶はあまりない。都会でのデスクワークとはかなり違う仕事だが、あと数日間手伝ってもらおう。
10月28日
今年の夏に新たに3棟ハウスを借りてレザーファンを植えつけた。まだ草丈は短いが、来年の春には株も充実して出荷開始となるだろう。今後の成長を期待し、堆肥に油粕を混ぜたものを一株毎に追肥した。
10月25日
17号台風が明日八丈島に接近する恐れがあるとの予報だが、今の時点でうねりが出ていないところをみると、あまりひどい風は吹かないかもしれない。しかし念のために台風対策はやっておこう。
台風前日というのに、防波堤は釣り師で賑わっている。
10月22日
昨年は三宅支庁主催で行われた「ミニ懇談会」が、今年は三宅村役場主催で役場職員5名、支庁職員2名の方が来島され行われた。火山ガスの状況、帰島に向けた準備などの話を聞いたが、まだまだ時間がかかるのかなという印象を受けた。島民からの要望としては、滞在型帰島に八丈島から直接参加させてほしい等があった。「ミニ懇談会」は少人数でも島民から要請があれば開催してもらえるとのこと。行政と住民との対話促進の意味から、とても良い企画だと思います。
10月15日
三宅村商工会経営指導員のM氏とMさんが来島。実は御蔵島へ経営相談会に行く予定が海況不良で船が御蔵島に寄港できず八丈島まで来てしまった。お二人(夫婦ではないです)には、確定申告時にはいろいろアドバイスを頂いていた。今は避難中のため確定申告はしなくてよいことになっているが、避難解除後はまとめてやらなければいけないので、その時にはまたお世話になるだろう。
10月10日
三宅島帰島時用に八丈島で一昨年植えつけたレザーファンの苗。2年経って、株も増えたので、三宅島のシルバー人材センターの島民が10名近く来て、植え替え作業をしている。今月6日に来島、約20日間の予定だが、株を堀り上げて、肥料を入れて再度植えつけ、トンネルハウス掛けと中々大変な作業だ。
10月7日
先月に続き、三宅島滞在型帰宅事業で自宅に行った。自宅横の倉庫の屋根がシートなので、今回は屋根シートを張り替える目的で行ったのだが、残念ながら雨のためできながった。
自宅に入って予想外のできごと、、、なんと雨漏りしているではないか!(左写真)。まだ新しい家だし屋根は新建材(シングル)なので、雨漏りはしないと思っていたのに、少々ショック。早速屋根裏に上り応急処置はしたが、次回の帰宅事業で屋根修理をしなければいけない。主のいない島では何が起こるかわからない事を実感。
10月4日
三宅島の農業仲間Oさんが15号台風の後始末手伝いに東京からきてくれた。今日は破れたビニールの張替え作業、一人でやるとハウスに登ったり降りたり手間取るのだが、応援がいると大変助かる。彼は最近まで三宅島復旧関係で三宅で働いていたので島の状況をいろいろ聞くことができた。彼の農場がある島北西部ではもう農業再開は可能で、避難解除前に何とか農地復旧作業に入れないものかとしきりに話していた。