2月分

2月28日
家族と離れてから20日ぶりに上京。いつもは一人での寂しい食事だが、やはり妻、子供達と一緒にとる食事は楽しい。ところで今朝、八丈島に戻ったら、ニュースで三宅島の火山ガスは今後5〜26年出続けると学者が発表。私個人的に1〜3年で三宅に帰れるだろうと考えていたので愕然とした。これでは東京に避難している農漁業者、自営業者は経済的にも精神的にも潰れてしまう。三宅村の避難体制も短期的避難から長期的避難に根本的に考え直さなければならなくなってしまった。
2月23日
これは2週間前に種をまいたダイアンサス(なでしこ)で、F1テルスターという品種。この品種は生育旺盛で草姿も良く作り易い。この育苗箱に約500本の苗が入っている。あと10日位で本葉5〜6枚になったら9センチポリポットへ鉢上げする。追肥は週に一度液体肥料を施す。
2月19日
ここ八丈の農家兼園芸店Kさんから、花壇苗生産の指導を依頼された。私も三宅島では7〜8年島内消費用の花苗を作っていたのでアルバイトがてら引き受けた。Kさんのハウスの中に育苗用の小型フレームを作ってもらい、温風暖房機と温床マットを使ってジニア、マリーゴールド、ダリア、バーベナ、コリウス、ペンタス、ダイアンサスなどの種を9日に播いた。2日目から発芽が始り、一週間で芽も出揃った。花苗の育ち具合もUPしていこう。
2月17日
ここは、もう一人の提供者K.Yさんからお借りしているハウス一棟60坪。前作にレザーファンが植わっているので、鍬で株を掘り起こす。久しぶりの肉体労働でくたびれるが、土をさわる仕事は気分が落ち着く。K.Yさんは教員定年後、このハウスを建ててレザーファンを植えたのだが、上手く育たなかったとのこと。山を切り崩した造成地で土壌が有機質の無い、ヤセタ土のようだ。ここは、ピートモスや堆肥など有機質をかなり大量に入れて土壌改良をしないといけない。
2月13日
これは八丈島農家K.Kさんが、貸してくださった五連棟約270坪のハウス。K.Kさんは、10年前私がユリを作り始めた時に、初対面の私を八丈島まで呼び寄せ、ユリ産直の手ほどきをしてくた人で、今回八丈島で借りれるハウスはないかとたずねたところ、自分が使用中のハウスを提供してくださった。いろんな人に助けられながら今までやってこれた。ありがたい事だ。自分も人のためにならなければと思う。
2月11日
今日は日曜日、仕事を休んで八丈植物公園へ行った。広い園内は良く整備されていて落ちつく。ビジターセンターには八丈島の自然に関することが広く分かりやすく展示、説明されている。八丈島を訪れる人には一度立ち寄ることを勧めたい。私が子供のころ、漫画雑誌で「こまわりくん」てのが人気で、そのなかのキャラクターで「八丈島のキョン」というがあり、どんな動物かと思っていたが、今日、初めて見ることができた。原産が中国、台湾の小さな鹿だった。
2月9日
全島避難の日、3ヶだけ持ち出したユリ「島の光」の球根の鱗片を11月にバラバラに剥がし、湿らせたバーミュキュライトにまぜてビニール袋にいれておいた。1月になって1〜2ミリの小球根が鱗片の基部に発生。2月には5ミリ位になり、根も発生、今日鱗片と共に土に植えた。花が咲くまで3年位、立派な切花が切れるまでに5年位かかる。
2月4日
昨年の9月4日に三宅島噴火による全島避難で島を後にして5ヶ月が過ぎた。東京では数ヶ月アルバイト的に仕事はしていたが、生活環境の変化、先行きの不安などから苦しい日々だった。今日からは三宅島にもどれるまで、ここ八丈島で単身でユリ栽培を続ける。家族と離れるのが少々寂しいが、島の海、山、空は私を癒してくれる。やはり自分にとって生活の場は島なんだと感じる。